★上級者編・耳よりな表現術の話(5)《執筆A.Y.》
比較級の表現(2)
以下のような表現は額面どおりに受け取れば「非論理的」となりますが、英訳する際にはその真意を汲んで比較級表現に訳出する必要があります。
「何もすることがなく窓の外を眺めていた」
I stood looking out the window for lack of anything better to do.
「何もすることがない」というのは厳密に言えばおかしいのです。「眺める」のも「すること」のうちの一つであり、何もないということはありません。
この日本語表現の中に「ほかに」とか「もっといいことは」という意味が潜在することを読み取れるかどうかが、英語らしい英語で訳出できるかどうかの分かれ目になります。
「何にもありませんが、せめてこれだけでも」
I wish I could offer you more. Please take this.
この場合も何もないのではなく、何かがあって「それ以上のもの」がないだけです。
「何も形見にあげられるようなものがありませんが、これをもらってください」
We have nothing else to give you to remember him by. Please take this.
「知らないということがそれほど恥ずかしいことではないように思え始めた」
I find that I am not ashamed of knowing less than others.
この「知らない」は知っていることがゼロだと言っているわけではありません。そのことは直感的には理解できますが、このような省略的な日本語に潜在する真意を意識的につかんでそれを英語的な英語に訳出することは容易なことではありません。
「何もかも忘れて働きなさい」
Forget about everything else and work hard.
この「何もかも」にもその前に「それ以外のことは」が潜在しているのであって、真意は「1つのことだけは忘れない」ということです。絶対否定の形をとりながら、そこにある1つのものの存在だけを肯定する表現といえます。